PSOみんなの広場
 




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「ねぇ、あれ、なにかな?」

 ミニタンカーがしばらく進んだところで、ホタルが突然質問してきた。

「ほら、あれ」

 ホタルが指さす先には、水面からロープのようなものが数本のびていた。ミニタンカーは相変わらず進んでいるにもかかわらず、そのロープはタンカーと一定間隔を保っていた。

「・・・。なんだろね。船に何か引っかかったのかな」

 そういってサトミが船尾に近づいた瞬間、ミニタンカーの後方の水面が持ち上がった!!

 そしてその水が割れ、中から巨大な生物が姿をあらわした。そいつは全長30メートルに及ぼうかという、巨大なワームだった。首のあたりに触手のようなものが生え、それがぶんぶん動いていた。

 そいつは、おぞましく甲高い声でギイィィィィ!! と鳴くと、ミニタンカーの艦板に飛びついてきた。

「きゃっ!!」

 大きく船が傾き、ホタルはその場にしりもちをついた。そこにめがけて触手が伸びる。

「ホタル! さがって!!」

 言いぬきざま、サトミはハンドガンを連射した。全弾が命中するも、すべて硬い甲羅に跳ね返された。

 ワームは一向気にせず、ホタルに向かって触手を振り下ろした。それをホタルはとんぼを切ってかわす。

 サトミの近くに立つと、ソードを構えた。それと同時にワームもミニタンカーに喰いつくのをやめ、水中へと潜っていった。

 一瞬訪れる静寂。

「なんなのよ、あいつは!?」

 その静寂を破ったのはホタルの声だった。

「・・・」

 サトミが返す言葉を見つけることができないうちに、ミニタンカーの後方で再び水音がした。猛然とワームが突っ込んできていた。
そのままの速度でミニタンカーを追い越しにかかる。ミニタンカーの起こす波を押しのけ跳ねるように進み、船と並進すると、身体の側面からフォトンの塊を無数に吐き出した。ホタルは何とか間を抜けてかわすが、サトミのほうは直撃を食らっていた。

「・・・っ! 大丈夫!!」

 サトミの声が聞こえたかと思うと、レスタの光が広がった。

 その声と光を背に受け、ホタルは並進するワームに向けてギゾンデを放った。回復したサトミもハンドガンを撃つ。

「・・・効いてない!?」

 サトミが歯噛みしながら言う。

「いえ! 効いてるわ!! みて、当たったところが変色してる!」

 そういって指さす。確かにその部分は外骨格が赤っぽく変色していた。

「続けて撃って!」

三発目のギゾンデを放ちながら叫んだ。
と、突然ワームが沈んだかと思うと大きく飛び跳ね、ミニタンカーを対角線で飛び越して二人の後ろに回りこんだ。さらにそのまま船の前方に移動する。

「ちぃ!」

 ホタルは舌打ちをして船首のほうに駆けてゆくが、早くも息が上がっていた。寄生防具とテクニックの連発が負担となっていた。

「ホタル! これ!!」

「ありがと!」

サトミが投げてよこしたフルイドを一息に飲み干す。

 一方、前方に進んだワームは不思議な行動を取っていた。尻尾を上げ、ちょうど、立ち泳ぎの逆のようなことをしていた。

「なにを・・・」

 という言葉が終わらないうちに、突然尻尾の先から何かが無数に飛び出してきた。

それは一メートルほどの大きさの、巻貝のようなものだった。

「何・・・これ・・・?」

 と、ホタルが近づいた瞬間、そのうちのひとつが突然爆発した。

「機雷!?」

 サトミが言っている間に、ホタルがソードを振りぬいた。ソードの軌跡の中で小さな爆発がいくつか起こる。爆発する前に破壊できれば大きな被害は受けないらしい。サトミもホタルに習い機雷を次々と破壊していく。

 機雷の大方を破壊し終わったところで、サトミのすぐ近くでバシャン! と大きな水音がした。

「しまっ・・・!!」

 振り向いたときにはワームが目前に迫っていた。機雷を潰すのに気を取られすぎていた。ワームはすでにフォトン弾の発射準備を整えている。

 考えがうまくまとまらない。サトミはその場に立ち尽くすだけだった。

「サトミ!!」

 ホタルはなんとサトミに向けてゾンデを放った。雷光がサトミを襲い、そのまま甲板の中央あたりまで吹き飛ばされた。そのすぐ上をフォトン弾が通っていく。

「大丈夫!?」

 ホタルが器用にフォトン弾の間を抜けながら聞いた。

「大丈夫! ありがと!!」

「えへへ、ワタシでも、サポートできるんだから」

 ホタルの冗談交じりの言葉を聞きながらハンドガンを撃ちつづけた。そしてその一発が、外骨格に覆われていない腹部に命中した。緑色の体液が傷口から流れ出す。

「やった!!」

 二人が同時に叫んだ。腹部に穴をあけられたワームも、追いかけてこなくなったワームがのたうつ水しぶきもやがて見えなくなった。

「やっつけた・・・、かな?」

 再び訪れた静寂の中でサトミが言った。

「ううん、まだよ。ネルガルがまだざわめいている・・・。油断しないで」

 ホタルの言葉が終わって物の数秒もしないうちに、トンネルの中に振動が走った。船の後方、暗闇の中からボチャン、ボチャンと大きなものが水に落ちる音が聞こえる。

「あ、あれ!!」

 サトミが青い顔で叫んだ。

 それは常軌を逸する光景だった。先ほどのワームが天井にしがみついて、ものすごい勢いで追いかけてきていた。ワームがしがみついたところから、天井のコンクリートが剥がれ落ちる。

「なんて非常識な・・・!!」

 ホタルが絶句する中、ワームはミニタンカーを追い越した。その姿を呆然と見つめる。ワームに追い越されてしばらくすると、バチバチッという音が聞こえた。不意にトンネル内の照明がチカチカと点滅したかと思うと、ふっとすべてが消えた。

「まずい! 照明を・・・!」

 船の前方でひときわ大きな水音が聞こえた。ワームが水に入ったのだろう。続いてザバザバと、水をかきわける音。

 もう、二人とも一言も話さない。こうなっては音だけが頼りだった。ワームの立てる音はどんどん近づき、船のすぐ横にまで近づいた。音から大体の位置をつかみ、そのほうを凝視した。その闇に突然無数の光が現れた。フォトン弾のバラまきだ。

 ホタルは何とか回避できたが、サトミは相変わらず直撃を受けていた。直後、レスタの光がトンネル内をわずかに照らす。

 次第にトンネル内が薄明るくなってきた。照明を破壊された区画を過ぎたらしい。その光に照らされて、ワームが再び船に飛びついてきた。首の周りの触手が空を切って振られたかと思うと、二人に向けて突き刺してきた。

 それを跳んで避ける。目標を失った触手が甲板に突き刺さった。その一瞬のチャンスを逃さず、ホタルが懐に飛び込む。

「でぇーいっ!」

 気合を込めてソードを振る。袈裟斬りから逆袈裟斬りと返して横一文字になぎ払った。外骨格に大きな亀裂が走る。

「これで!!」

 渾身の力をこめて振りぬくと、ワームの外骨格はこなごなに割れた。中から出てきたのは複数の眼球と巨大な口を持った、まさに化け物だった。

 ワームは外骨格を失ったことにあせったのか、急いで水中へともぐりこんだ。

「いける! もう一息!!」

 自分に喝を入れるように大声で叫び、ホタルは周囲を見渡した。ワームがどこに逃げたか、痕跡を探る。おそらく船の後方に押し流されていったのだろう、そう読んだホタルは船尾のほうへと走った。

「ホタル! 後ろ!!」

 サトミの悲鳴が響いた。振り向くとそこにはワームが鎌首を上げていた。完全に裏をかかれた。一瞬にして優勢が逆転したのを悟った。

 今まで外骨格に覆われてわからなかった口のところに光が集中していた。

 まずい。何とかしなきゃ。

 ここまで考えるのが精一杯だった。

 放たれた光はホタルの小さい体を薙ぎ払う。まるで人形のように軽々と飛ばされ、船の上を転がった。

「ホタル!!」

 サトミが悲鳴をあげて駆け出した。

「しっかりして、今レスタを・・・」

 そこまでいったサトミの背中にものすごい衝撃が走った。走っていた体がガクンと止まる。自分の体を見ると、みぞおちあたりから触手が突き出ていた。後ろを振り向いて、すべてが飲み込めた。ワームの触手に背中を刺しぬかれ、そのまま甲板に縫いとめられたのだ。

 吸い込んだ息がゴボゴボと音を立てたかと思うと血の塊を吐き出した。

「サトミ・・・!」

 吹き飛ばされたままのホタルがうめき声をあげた。何とかそばによろうとするホタルの見ている前で触手が抜き取られる。傷口からおびただしい量の血がふきだした。

その場に崩れ落ちる。

「しっかりして・・・!!」

 気力を振り絞って立ち上がり、もつれる足取りでサトミの元へ向かおうとする。

 そこへ再びワームが船にとりついてきた。すでにホタルを喰うつもりでいるのだろう。すぐ近くに飛びつき、巨大な口をあけていた。

「この・・・!」

 ワームを見据えて、ソードを構えなおした。

 あと三回・・・、振れるかどうか・・・。ホタルの頭の中ではすでに計算が終わっていた。

 がくがく震えるひざでふんばり、なけなしの体力をもってソードを大きく振りかぶった。

 ドクンッ!!

 まさにその時、ホタルの心臓がおおきく拍動した。

「よりにもよって、こんなときに・・・!」
 もはや言葉になっていなかった。全身に激痛が走り、耳鳴りが轟音となった。ネルガルのだす、強烈な負荷に母体のホタルが耐えられなくなっていた。

 世界が赤く染まる。見えるものすべてが真っ赤だった。ホタルは血の涙を流していた。きつく結んだ口からも鮮血があふれる。体中の毛細血管が次々に破裂していた。

 弱りきったホタルにワームがゆっくりと近づく。パキパキという音がして口が開いた。

 丸呑みにされる。

 その凶悪な口を見て、気力が湧いた。喰われるという事実がホタルの限界を超えさせた。とっさに先ほど拾ったセイバーに持ち替えると、ズルズルと迫ってくるワームの眉間につきたてた!

 ギギィーッ!! と、猛烈な悲鳴をあげ、甲板上で竿立ちになった。手の甲で血の涙をぬぐい、そばにつきたてたソードを引き抜いた。

「あああああああっ!!!」

 魂の震える叫びをあげ、ホタルはソードを振りぬいた!

 旋風一閃!!

 ワームの体は真っ二つになり、船の上でのたうつが、やがて静かになった。

 その最期を見届けると、全身から力が流れ出た。意識が途切れる。