PSOみんなの広場





 俺が居住区で足を向けたのは小さな工場や栽培プラントが建ち並ぶ生産特別区域、日用品や食料品などが作られる流通の根源だ。
 そこに自宅兼工房を構えているのが刀剣鍛冶のオズワルド。
 武器作成に必要な素材探し、という依頼で知り合った彼は優れた武器を作るが、本人は納得の行く出来上がりを第一に考えるという、昔気質な職人だ。
 こだわりという面で気が合って、色々と付き合いもある。
 奥さんに案内されて工房へ入ると、新しい武器作りに没頭するオズワルドの姿があった。
「久しぶり」
「ああ、コルムか、この前採って来てもらったラグオニウムは含有フォトンの質が良くてなかなか使えたぞ」
「うん、そうか」
 俺とろくに視線も合わさず、話をする。
 武器作りにのめり込む彼らしいと言えば彼らしい。
「今日は何の用だい? 新しい鉱石でも見つかったか?」
「いや、ゾークの事でちょっと聞きたい事があって……前に刀を見せてもらった事があったって話を思い出したから」
「ああ、昔の名人が打ったいう名刀を勉強のためにも見せてもらってな、それから手入れを頼まれた事もあったなあ」
「伝説の刀の手入れをか」
「金属製の武器は手入れを怠ると使い物にならなくなる、よくシノってアンドロイドが頼みに来てたよ。
アンドロイドなのにこう、しっとりとした雰囲気のある娘さんでな」
 ゾークを知る者なら、片時も離れずに付き添うアンドロイドの事も知っている。
 俺も見た事はあって、大多数が色々な意味で鉄面皮なアンドロイドの中で唯一人間らしい人工皮膚が許されていて、仕草などから礼を知る楚々とした美人という印象を受けた。
「そのゾークがもう一本刀を持っていたって聞いてさ、探してるんだ」
 口にした途端、オズワルドは作業の手を止めて振り向いた。
「なんで、それをお前さんが知ってるんだ」
「いや、最近出始めた噂らしくて、俺も人づてに聞いただけなんだ」
「噂だと? どこから広がっちまったんだ、そんなもんが」
「知ってる、みたいだな?」
「ああ……だがお前、儲け話で探ってんじゃねえだろうな?」
「違う、アイテムへのこだわりってやつさ、立場は違うがこの気持ちはあんたも共感出来る物だと思うぜ?」
「そうか、お前の性格は分かってるから教えなくもないが……お前、古物のレアアイテム流通には影響力があったよな?」
「ああ、アンティーク品の出所は俺の言葉で決まる事だってある」
「それなら教える条件として一つ、いや二つ聞いてくれ」
「なんだ?」


 オズワルドと話をつけて1時間後、俺は居住区のある一室にいた。
 俺の店とそれほど離れていないこの場所に、その刀の所持者はいた。
 灯台下暗し、こんな身近にいて、しかもこんなに早く対面が実現するとは思ってもみなかった。
「おお、待たせたのお」
「……どうも」
 部屋で待たされていた俺の前に現れたのはハーゲンという老人だった。
 今は隠居をしているが聞く所によると元アンドロイド工学の博士だったそうだ。
 ゾークの古い知り合いでシノの調整を任されていたらしい。
 アンドロイドの大まかな修理などはメディカルセンターでも承ってくれるが、シノのような旧式に細かい調整が出来る者は限られていたのかもしれない。
「君が訪ねてきた事情は聞いている、しつこいようだが条件は飲んでもらえるのだね?」
「ああ、見せてもらえるなら条件通り誰にも喋らないし、今流れてる噂がただの噂に過ぎなかったって事も言って回るよ」
「…………」
「安心してくれ、俺が言えばそんな噂の一つや二つたちまち消えてなくなるさ」
「そうしてもらえるなら願ってもない、ゾークと親しみのある者だけに話をしたんじゃが、誰かがうっかり口を滑らせて噂になったのかもしれんな」
 困った顔で豊かなあごひげを引っ張る仕草が様になる。
 が、そんな事より、俺は待たされていた理由が入っているであろう、彼が右脇に抱える細長いアイテムボックスが気になって仕方なかった。
「俺はオズワルドから、貴方が刀について全てを知っていると聞かされてここに来たんだ」
「ああ、知っとるよ、持ち主であったゾークの経緯も依頼を受けたハンターから事細かに伝えられておるしな」
 ハーゲンはゾークが壮絶な死を迎え、最期を看取ったシノが死と同等である機能停止を選んだ事を俺に話し、そしてボックスを差し出した。
「まあ、話は後じゃ、先に見せておこう」
「あ、ああ」
 いつもより丁寧な手つきで箱を開けて、中を覗いてみる。
 そこには刀……にしては少々短い、鞘に入った一振りの剣があった。
 このサイズは、脇差し、と言えば分かりやすいだろうか。
 最初から女性用に作られたのか、持つと軽くて感覚も少々細く感じる。
 鞘に一輪の花の絵が装飾されているが他に派手な装飾はされていない。
 思い切って抜き放つと、その刀身を見て俺はため息に似た吐息をもらした。
 戦闘用の力強さや妖刀が持つ吸いこまれるような魅力はないが素朴で温かみのある光を放っている。
 質素だが人を惹き付ける力を感じる、ナマクラではない立派な名刀だ。
「こりゃあ伝説の四刀に引けを取らないほどだ……作者は? 銘は?」
「誰がいつどこで打ったかは知らん、じゃがその刀の名は、シノだ」
「シノ!?」
 俺をそれを聞いて、刀と目の前の老人を見比べる様に見た。
 今の言語と違って俺にはよく読めないが、刃に刻印された『紫乃』という文字は、ゾークの出身国に古くからある字なのが分かる。
「それはゾークがシノに渡すはずだったものじゃよ」
「……何か、理由がありそうだな」
「ゾークとシノは不思議な絆で結ばれていたからのぉ」
 ハーゲンは思い出話でもするような口ぶりで、切なげに淡々と語り出した。
「ミヤマ家に三代に渡り仕えて来たシノは、ゾークが赤ん坊の時から身近にいたのだろう……メンテナンス中時折、思い出したように、幼い頃剣の稽古を手伝ったり子守りをした事を話していた。
老練の達人剣士となったゾークを見ても、メモリーの片隅には赤子だった彼をあやした時の温もりと感触が残っていると嬉しげに漏らしておったよ」
「ゾークが物心つく前から知っている間柄だったのか」
 ゾークの一ファンとして聞いた事はあったが、シノが稼動してから100年以上を従者として生きてきた話は本当だったのか。
「ゾークの実力も然る事ながら、そこには日向日陰となって支えていたシノの姿が常にあった。
ゾークは時として厳しい言葉をかけることもあったようじゃが、シノはアンドロイドにも関わらず言葉の裏側にある、確かな感情を理解して彼に付き従っていた……無論、彼もそれを分かっていた上でそうしていたのじゃがな」
「でも、それじゃあ、シノは戻れと言われたのにギルドに依頼を出してまで遺跡に探しに行ったっていうのは」
「ああ、足手まといだと言われた言葉の裏にどんな意味があったか分かっていただろうに……そして、我が身よりも主人である自分を心配して探しに来たシノを見て、ゾークは事切れる前に何を思ったか」
 鞘に収めた刀を物悲しげに眺めるハーゲンは、その様子を思い浮かべているのだろうか。
 深いシワが刻まれた顔から、切々とした気持ちが見て取れる。
「この刀は、自分に何かあったらシノに渡してくれと、ゾークから言われていたものなんじゃ」
「…………」
「危険な探索に己の限界を感じていたのじゃろう、今まで苦労をかけたシノにはせめて新しい人生を歩んでもらいたいと、この刀を別れの礼にしたかったのじゃろうな」
「そう、だったのか」
「アンドロイド工学に人生を捧げた老いぼれが言うには馬鹿馬鹿しいと取られるかもしれんが、人間と自律人工知能の間に言葉ではとても言い表せない、掛け替えのない絆がそこには確かにあったんじゃな」
「絆に、人間もアンドロイドも関係無いんだよ、きっと」
 詳しい事を知らない俺が言うのも何だが、分かる気がした。
 アンドロイドに心が無いと言う者がいるが、この刀にまつわる話を聞けばそんな意見なんていくらでも否めてくる。
 そこには蓄積されたデータとは違う、頑なな魂があったのだ。
「今思えば、形見となるこの刀がシノの手に渡らなかったのも二人の絆がそう運命付けたのかもしれん」
「ハーゲンさん」
「……なんじゃ」
「約束通り、売り買いするつもりはないけど……その刀をどうするつもりなんだ? 話を聞いた者として、知っておきたいんだ」



 半月ほどして、俺はいつものように店番をしていた。
「やあ、こんにちは」
「アンか、今日も商売はボチボチだよ」
「ふふ、結構儲けてるくせに。 ところで、結局あの噂どうだったの?」
「ゾークの刀ってやつか? ああ、あれはとんでもないガセネタだった」
「ガセ?」
「ああ、ガセもガセ、ツテで探してみた結果が出てきたのはボロボロのナマクラ刀さ、高値で売りたい奴がいい加減な事言ったんだろ」
「そんな事だろうと思った、通りで急にその噂を聞かなくなったから」
「つまらない噂話より今日の掘り出し物はどうだ? ヤスミノコフ2000H、ちょい傷物なんだが性能は文句無し、安くしとくぜ?」

 噂話はきれいさっぱり消えた、俺が約束通り消したのだが。
 ハーゲンは、あの刀を然るべき人物に遺品として渡す、と言っていた。
 あれから刀が市場に出回ったとか、どこかのコレクターが入手したという話は聞かない事から、刀は無事にその人物に渡ったのだろう。
『紫乃』
 その造形や切れ味から、女性ニューマンやアンドロイドのハンターが使えば十二分に武器としての威力を見せる事だろう。
 売り物のすればゾークのネームバリューもついて、馬鹿げた値段で取引される事も目に見えている。
 だが、そこにある想いを無視して売買する権利など誰にもないのだ。
 ちょっとした興味から辿り着いてしまった、武器にまつわる過去。
あの逸話は俺の中にそっとしまっておく事にしたい。
 曰くつきのアイテムに日々関われる人生……やはり、俺にはこの商売が止められそうにないようだ。
 明日もどんなアイテムと巡り会えるのか、楽しみで仕方ない。


アイテム屋という立場の主人公がハンターズの英雄たちの過去へ迫る、ミステリー風の内容がとても新鮮ですね。
ハンターズの活躍は、他の多くの人が陰ながら協力していたからこそのはず。これからも自分の商売に誇りをもって励んでいってもらいたいですね。

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