「なぁ、V」
そこでアークが唐突に口を開いた。わたしはそれに、顔だけ向けることで応えた。
「――思えば、遠くまで来たもんだな…」
感慨深げな、それでいてどこか寂しげに、アークは言った。わたしには彼の心情はわからなかった。わたしはアークの顔を見上げたまま、黙っていた。――彼が何を思っているのか、それでわかるわけではないが、そうする以外わたしには思いつかなかった。
「V。――空、見てくれないか?」
だからわたしは、無言で彼に従い、視線を彼から空へ移したのだった。さっきよりも暗くなってきただろうか。星々の姿はよりはっきり見えるようになり、時は夜へ向けて加速を続けていた。
「――星の位置が、星座の形が違うんだ。故郷の夜空と比べてな」
「ふむ…?」
わたしは少し驚いて、アークの方に向き直った。少しずつ闇は濃くなっている。空を見上げたままの相棒の顔が、もうよく見えない。しかしどんな表情をしているのか、わたしにはわかった。
「そりゃ違う星に来てるんだから、それが当たり前だけど。本当にそうなんだなぁって、実感してな…」
それは感傷というものなのか。ただ、懐かしんでいるだけとは違う声で、彼はそう言った。わたしはやはり何も言わなかった。こういう時に適した、気のきいた言葉なんて持ち合わせていなかった。だから――返事代わりに、上身を起き上がらせた。そして微笑みながら言ってやったのだった。
「なぁ、アーク。あそこのきらめいているの、なんだと思う?」
言葉と一緒に、さっき思い出そうとしていた星たちをまっすぐに指し示す。
わたしは思い出した。あれがなんなのかを。アークもその輝く星々を見ていた。目を細め、その正体を探っている。やがて彼も、そこに思い立った。
「うん…? あれは……」
「そうだ、パイオニア2船団だ」
惑星軌道上にあるパイオニア船団。その光はこうして暗くなってきて、初めてそれと気付いた。それは他の星々と比べてもそれほど強いものではない。むしろ暗闇の中、身を寄せ合っている雛鳥のような気さえする。
「こうしてみると、少し寂しいものだな」
口調とは裏腹に、わたしはまったくそう思っていなかった。いつのまにかアークはわたしの顔をじっと見ていた。わたしは微笑を浮かべて、彼と視線を交わした。
「帰るとしようか、あそこへ」
ゆっくりと立ち上がり、身体に付いた葉っぱを払い落とす。夜はついにその帳を下ろそうとしている。その前に帰らねば。――そう、帰る場所が故郷なのだ。
「ああ、そうするとしようか。今、メールが届いたよ。みんな、待ってるってさ。晩飯一緒に食おうってな」
微笑と苦笑の間の表情を浮かべて、アークはそう言った。そこに暗いものは感じられなかった。――故郷とは、ただの場所ではない。大切な人々、大切な仲間とともに過ごすことのできる場所のことだ。感傷もたまにはいいだろう。
しかし、あいにくと夜空の星のようにわたしたちは孤独ではない。
「それなら急ぐとしようか。食べ物の恨みはおそろしいというしな」
わたしはリューカーを使った。その光のゲートはすでに暗闇となった森エリアを照らした。そこにアークの顔が映る。彼はその光の中に入るとき、わたしの方をじっとみていた。そこで彼は「ありがとう、な」と小さく言ったのだった。その顔は今度は逆に光の中にうずもれて見えない。わたしがそれに何か言葉を返す前に、彼はさっさと自らを転送した。
わたしも、すぐその後を追おうとしたが、ほんの一瞬立ち止まって、また空を見た。そこにはもうすっかり夜空が広がっていた。それはそれで心ひかれるものであったが、さっきよりも面白いとは思えなかった。その理由はわかっていた。
「一人で見てもつまらないな…」
わたしはふっと微笑みながら、そう一人ごちて、ゲートの中に入っていったのだった。
end
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