「マスター、コーヒーヲオモチシマシタ。」
「うん。ありがとう。」
FACTの入れてくれるコーヒーはいつも最高においしい。といっても、僕がそのように組み立てたからなんだが。
FACTは僕が初めて作ったアンドロイドだ。見た目こそ貧弱そうで痩せ型なレイキャストだけど、彼はすごいんだ。炊事、洗濯、掃除は朝飯前。失礼。充電前って言ったほうが適切だね。それから、僕の蔵書管理もやってもらってる。前の研究所をクビになってからは、個人的にラグオルの調査を進めているけど、そういう意味ではFACTはかなり優秀な助手かな。
ガシャン、ガシャン・・・・・
華奢な体にしては、立派は足音だと思う。
「朝刊ニナリマス」
「ありがと。あ、そうそう。今日は外業はやめて、部屋にいることにするよ」
「承知シマシタ。昼食ノオ支度ヲシテオキマス」
「うん。たのむよ」
恥ずかしい話なんだが、今の僕は個人で研究をしてる身分。社会的には無職ということになる。全くもってお恥ずかしい限りだよ。
そもそも研究所をクビにならなければこんなことにはならなかったんだが。いや、違う。僕は、僕の意志で辞めたんだ。あそこの連中は僕に言わせて見れば、「無能」そのものだったよ。
あいつらは自分の私利私欲しか考えてない。社会人としての常識が一部欠落している。どうしてあんな研究ができるかねぇ。
あ〜、やめやめ。今さら、僕には関係ないことだよ。
新聞に目を通す。それにしてもどの新聞社も爆発事故ネタでよく続けるよ。2、3枚めくって、
「また載ってるなァ。モンタギュー博士・・・・・」
ジャンカルロ・モンタギュー博士。パイオニア2の生物工学の権威と言わしめるニューマンだ。
僕は一回だけ、彼の講演に出席したことがある。内容は、言わずもがな、素晴らしいものだった。僕も一端の研究者として、彼に対して敬意を表すると同時に、ライバル心も持っている。当の博士は僕の事なんか知らんだろうけど。
「新聞か・・・・」
なんの肩書きもない僕じゃ、そこらへんの科学誌に論文だしても読んでもらえるかどうか。正直、寂しい限りだ。結局は自己満足な研究をして、誰に認めてもらえるわけでもないのに。真っ当な収入があるわけでもなく、真っ当な人生を歩むわけでもなく。
「オカワリハイカガデスカ、マスター」
「うん?ああ、どーも」
ネガティブな気配を察知したのか、FACTがコーヒーをついでくれた。
「今度の外業には、君にも来てもらおうと思ってるんだけどさ」
FACTにしては、珍しく返答に間があった。
「デスガマスター、私ノボディユニットハ戦闘タイプデハゴザイマセンノデ・・・・」
「うんうん。それで今日は君の付加装甲と追加プログラムを作ろうと思ってさ。」
「ソウデシタカ。マスターハ肉体労働ガオキライナノデ、サボルノカト。幸イ、生活費ニ関シテハナンノ問題モゴザイマセンノデ」
「あはは。いつもすまないね」
笑ってはみたけど、正直、全然笑える状況じゃない。外業なんて言っているものの、とどのつまり、ハンターズの仕事をもらって日銭を稼ぐってことだから。それによって、生計を立ててる。昔の貯金も多少あるし。ハンターズの仕事は頑張りようによっては、かなりの金額になるし、ラグオルの現地調査もできる。そう考えて納得してるけれど、正直、世間から見た目は良いとは言えないだろうね。このままじゃいけないよな・・・・。
「マスター、最近ハテクニックノトレーニングヲ怠ッテイラッシャルヨウデスガ」
「なっ!?なっなにを言い出すんだい!FACT!」
「最近ハ実験室にコモリッキリデハナイデスカ」
「そうだけど、しっかりやっているよ。イメージトレーニングだけだけど」
FACTはなにも言わない。ぐう。
「テクニックにイメージは重要なんだよ。うん。わかるかい?FACT」
まだ何も言わない。見下されてるのかな、俺。マスターなんだけどな、一応。
「とにかく、今度は一緒に地表に降りてもらうからね。君もしっかり準備をしてくれたまえよ!じゃ、実験室にいるから。何かあったら コールしてくれ」
「承知シマシタ」
僕はそそくさと席を立った。そのくらいのことで、急ぐことにはならないだろうけれども。
昼食も済ませ、午前中から取り掛かっている作業にもひと区切りできそうだ。少し横になるか。昼寝もまた一興。
「フウ・・・・・・」
ふと静かな空間が訪れる。さっきまでは気づかなかったけど、この実験室の中にいても、パイオニア2の町並みの生活音が聞こえる。それは、専ら、エアカーの音だったりするのだけど、多くの人の営みを感じ取れるような気にさせる。
(僕は何をやってるのかなァ。昼間っから寝てて・・・)
最近はこんなことばかり考えているな。
つい先日、数少ない友人の結婚式に呼ばれた。僕は結婚なんて考えてもいなかったよ。でも、その友人は、自分の一つの人生の可能性を見出して、しっかりと足を前に踏み出したんだ。一人の女性を愛して、一つの家庭を守る、その誓い。とても、印象的なシーンだった。僕はというと、普段着慣れぬフォーマルな服装にギクシャクしながら、ただ見入るばかりだった。
(俺だって・・・・。やらなきゃいけないことがあるんだ。がんばろう・・・・・。)
思いとは裏腹に、体は深くハンモックに沈んでいった。
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