[*音声から推測される周囲の状況と現時点で判明している事柄については解説を挿入する。]
あー…、よし、いいだろう…
これより記録を開始する
願わくばこのメッセージ―遺言になるかもな―否、このメッセージが心ある者の手に渡っていると信じたい。
[記録者は30から40歳程度の男性、呼吸の荒々しさから疲労困憊の状態であると思われるが声は落ち着いている、経験上の持論だが相当の場数を経験した士官ではないかと思う]
私が率いる小隊はおそらく私を残して全滅、周囲の状況がまともに理解できる状態ではない。
痛っ…、またか…
[度々爆発音、レーザー、ビームの発射音が記録されており時折それにあわせ叫び声も記録されている]
現状、次の瞬間に死ぬかもしれない、今更あれこれ原因を考える時間は無い。
よく聞いてほしい、今対峙しているのは未知の生物でも明確な目的がある兵士でもない、我々が所有する自動兵器だ。倒しても次の部隊、次の部隊と現れる。キリがない…
またか?…
[この前後に大音量の爆発音と多数の断末魔がこちらで確認できる程明確に記録されている、これ以降本人の声以外で確認できる程大きな音は録音されていない]
すぐ傍にいた違う隊の者がやられた、時間はない、これから言うことをよく聞いてくれ。
この際何がこの状況を招いたかなど考えるつもりはない、事実だけを伝える。
私の眼前で虐殺を行っているのは救護用の自動兵器、私の…部下だ…、破壊活動を目標とした戦車でもなく、驚異的な格闘戦能力を持ったキルマシーンでもない。
[メッセージパックが回収されたエリアと照合した結果から推測するとおそらくパイオニア1の精鋭部隊に配備されていた医療用ドローン、坑道で発見されている暴走兵器ギルチッチの同型を指していると推測]
部隊に配備されていた奴は最前線の兵士を生還させる事を目的としている。そのため医療用の常識を越えた装甲と機動力、自衛能力を駆使し救助活動を行う、例え身を挺し己が果てようともな…。
[尚、現行のギルチッチは性能の大半が機能せず、自衛能力のみが稼働していることが実戦結果で確認されている]
テクニックが普及した現在の戦闘で奴らの施す直接的な手術、修理の効果は微力でしかない、だが単純な奴らは諦める事を知らない。誰もが諦める状況下でも手段という手段を使い何の躊躇いも見せず、治療の最中も敵の攻撃から自らの身でバリケードを張って我々を死守してでも我々を救おうとする、またプログラムに刻み込まれた活動理念が敵に致命傷を与えることを許さない、それ故強力な武装も意味を持たず自らを犠牲にする選択肢を選ぶのが私の部下だ。
[声の波長から記録者の同様が見られる、この時点の証言からは意味不明な部分も多く軽度の錯乱状態に陥っている可能性もある。専門家の分析結果を求む]
バカな奴かもしれん…、そうであっても、今こうしていられるのもその犠牲があってこそだ…、戦地に向かう前、二度と会えない、そう思っていた友人と、生還記念の酒を酌み交わし、たわいもないバカな話もできる、シガーだって吸える、くだらん日常も死を目前にしたとき価値ある毎日に変わった、当たり前が嬉しくてたまらない。
敵を倒すことが勝利ではなく、生き延びることこそが勝利であり、最高の報酬だと奴が教えてくれた。
奴も、それを知っているはず、我々が知った喜びが真実なら、出来るはずがない。
今まで部下が一度も敵を撃破したのは見たことがない、相手が機械であろうと、何であろうと…、自分の身を守るためにすら、奴らは何も…。
考えたくもないが、私が悪い夢を見ているのかもしれない。そうでもなければ今の状況を信じることが出来ない、我々を救ってきた奴らの手が、凶器に変わったあの瞬間から何が真実なのだろうか。我々を救ってきたあの手が、全てを引き裂こうとしている、奴らが、何故だ。
奴らも悪夢の中に居るのなら、今の私と同じ場所、戦場、誰かが、奴らに。
奴らが正気なら…、そうか…
同じ夢の中なら方法はある、私が奴らの相手をしてやればいい、今度は私が奴らを助ける番だ。
[何が起因となったのかは不明だが、この時点で声の波長が正常値に戻り意識が鮮明な状態に回復したと思われる]
これだけ多くの自動兵器を一つのシステムで動かすことは困難、おそらくは個別でシステムが書き換えられていると推測する。
[ギルチッチのシステム浸食率は未確認、ただし大部分のシステムが起動していないことから高い数値が検出される見込み、現在も調査中]
基幹システムにまで作用するハッキング、あるいは感染型ウィルス、そうだとするなら一気ずつ捕獲してシステムを書き換えるのは極めて困難、加えてあれだけの戦闘能力を持つ兵器が暴走しているとなれば捕獲の時点で不可能…、これ以上部下に苦心させない策は…。
破壊するしかない、奴らのためにも、これ以上悲しい想いをさせないためにも。
かなりの数になる、おそらく私だけでは手が足りないだろう、私が悪い夢を見ているのではないなら、このメッセージパックを手に入れた者に頼みがある。
私の意志を継いで欲しい、部下を救ってくれ。
同型機を全て破壊してくれ、奴らも夢の中で泣いているはずだ、これ以上部下に誰も攻撃させたくはない…、頼む…。
部下の不始末も処理できない役立たずの頼みでは信用に欠けるな…、よりにもよって怪物を助けて欲しいから倒してくれ、ではな…。
そうだ…、このメッセージパックをマスコミやメディアに売りさばくといい、その見返りを私からの報酬として受け取ってくれ、これなら正式な依頼として受理できるだろう、報酬の額面はたまたま拾った君次第だ。
私も昔ハンターズでな、今と変わらずよく無茶をしていた。何故だろうか、妙に懐かしく感じる…。
――もう言うこともないか…。
[この後、数分間沈黙、数回の爆発音]
お前等のために人が深刻な話をしているというのに、節操の無い奴らだ…。
最後にこのメッセージパックは奴らが倒せるだけの実力者でなければ手に入らないよう細工をしておいた、苦労をかけたとは思うが最後まで聞いていただき心から感謝する。
フロウェン師団374小隊隊長 ライアン=マシーンウルフ
悪いがジーク、約束は守れそうにない
部下に説教をしてくる
[記録はここで終了している] |