
まず濃密な大気の匂いに、むせかえる思いだった。
宇宙船内に擬似的に作られた自然とは、明らかに違う。吹き渡る風、生い茂る緑、まといつく湿気――、それらが、自分は生きた惑星の上にいるんだと、実感させてくれた。
唯一残念なのは、辺りの風景が毒々しいほどの色鮮やかさを持っていたことだろうか。やはり生態系が侵されているのかも知れない。
「北都ちゃん、準備はい〜い?」
「は、はいっ」
いかにも物珍しそうにきょろきょろしているように見られただろうか。千鳥の声にあたしは慌てて装備を確認した。
そうだ、ぼんやりしている暇はない。今のパーティは、フォース二人にハンター一人。この場合、ハンターが前衛を勤めるのが当然だ――つまり、このあたしが。
緊張で手が震えるのを見つかりませんように、見つかっても怖がっていると思われませんように……そんなことを考えつつ、あたしは新品のハンドガンを構えた。訓練の成果では、セイバーやソードより、あたしにはこっちのほうが相性がいいみたい。……だけど、前衛には不向きな武器だったろうか?
「あ〜、北都ちゃん、ハンドガンなんだ、よかった〜」
え? よかった?
「どんな敵が相手でも、囲まれないように気をつけるのがいちばん大事だからね〜。そのことに注意して、援護よろしくね〜」
え? え? 援護?
そこでようやく、あたしは彼女たちの装備に気がついた。
ルルージュは、噂通りの大鎌を携えている。見た目にも恐ろしげな装飾だ。ソウルイーター、というらしい。使うものの命までも削り取る魔性の武器、と云われている。
一方、千鳥が持っている武器は、ただのセイバーに思えた。……柄の両端から、フォトンの刃が出ていることを除けば。
「……ダブルセイバー!?」
「そう〜、お気に入りなの、これ〜」
云いながら、千鳥は軽くダブルセイバーを振り回した。ルルージュがうっとうしそうにそれを避けつつ、前へ踏み出す。
「来ましたわ」
その視線の先には、鮫のように大きく避けた口と、熊のような体躯のモンスターがいた。あたしは訓練で得た知識を引っ張り出す。確かブーマとか呼ばれている奴だ。
あんな太い腕で殴られたら、ひとたまりもないんじゃないか……そんな戦慄とは無縁なように、二人のフォースは軽やかに進み出た。
「じゃあ、行くよ〜」
まさに舞でも舞うように軽やかな仕草で、千鳥がダブルセイバーを振るう。美しく弧を描くフォトンの輝きが、無情にもモンスターたちにダメージを与えていくのが嘘のようだ。
そして、ルルージュは。
「――!」
空気を裂く唸り声を発して、ソウルイーターが振られる。それは文字どおり、その軌跡にある命を刈り取る死神の鎌だった。彼女の何倍も質量がありそうなブーマたちが、たちまち倒れ伏していく。
千鳥の戦う姿は華麗だったが、ルルージュのそれは……美しかったけれど、やはり、怖かった。
その面からは相変わらず表情は読みとれない。ただ、かすかに頬が紅潮しているように見える。モンスターに刃を叩きつけるような戦いぶりは、静かな狂戦士を思わせた。
噂は、本当なのかも知れない。
あたしはそう思った。だけど。
彼女の戦い方は確かに怖かったけれど、それと同時に……なぜか、胸が切なくなった。
的外れなことを云ってる、というのはわかってる。でも本当に、鬼気迫るその姿は張りつめた糸のようで、心に迫るものがあったのだ。
「……北都ちゃん?」
「は……はい?」
名前を呼ばれて気がつくと、二人は少し離れたところに立っていた。もうこの一帯にモンスターの影はない。あたしは慌てて二人のいる場所に駆け寄った。
「大丈夫? びっくりしちゃった?」
「いえ、その、大丈夫です」
千鳥が心配そうに眉を寄せて、あたしの顔を覗き込んでくる。
二人の戦う姿をぼーっと見ていたとは云えず、あたしは顔を赤くしてうつむくばかりだった。
けれど、そんなことはこの赤い魔女にはお見通しだったようだ。
「見ているだけでは、強くなりませんわ」
吐き捨てるでもなく、嫌みでもなく、助言でもなく……本当にただの独り言のように、ルルージュは呟いた。だから余計に、ぐさぐさっ、と、その言葉は心臓に突き刺さった。
「まあ、最初はしょうがないよね〜。私たちが調子に乗って進み過ぎちゃったし。次からは当てていこうね〜」
やはりこちらも相変わらずニコニコと、千鳥がフォローを入れてくれる。私はただ赤面して頷くだけだった。
こうして、あたしの初陣は、「前衛」のフォースに守られて、全くの役立たずで終わった。
パイオニア2に戻ったときは、疲労困憊の極みだった。
もちろん、あたし一人だけだ。ルルージュも千鳥も、涼しい顔をしている。千鳥が帽子の歪みを気にしているぐらいだ。
「お疲れさま〜。どうだった? 楽しかった?」
帽子に手を当てて直しながら、千鳥が聞いてくる。あたしたちの目的を考えれば、楽しかったかはないだろうと思ったが、つまらない突っ込みはやめておいた。
「はい、お世話になりました」
それは間違いなかったので、あたしは素直に深々と頭を下げた。
「いいんだよ〜、気にしないで。最初はみんなそうだからね〜」
そうなのだろうか。千鳥はともかく、新米のルルージュがラッピー一匹にあたふたしている姿なんて、想像もつかない。
そんな疑問を抱いて視線を向けてみたが、やはりルルージュは端然と佇むのみで、無駄な口は挟まなかった。
「じゃあ、これからも頑張ってね〜。今日はほんとにありがとう」
対照的に終始友好的な千鳥は、あたしの手を握って、解散の挨拶を告げた。
あたしは彼女の顔を見つめ、そして、ルルージュの横顔を見やった。
そして、思わず――自分でもあとになって不思議だったが――こう云っていた。
「あの……また、ご一緒させていただいて、いいですか?」
自分で云ってから、本気でびっくりする。
今日はたまたま迷い込んだ、ということで混ぜてもらったが、次回からも同行させてもらえるとは思えない。彼女たちにしてみれば、あたしなんかと一緒に回ったって、足手まといにこそなれ、メリットはないだろう。
そう思ったから、千鳥の返事はあたしには信じられなかった。
「うん、もちろん。楽しみにしてるね〜」
なんの迷いもなく、笑顔のままで彼女はこう答えたのだ。
そして、それより遙かにあたしを驚かせたのが――。
「ね、ルルージュ。また一緒できるといいよね〜」
「ご随意に」
その一言だった。
あたしはまたしても、ルルージュの横顔をまじまじと見つめてしまった。
失礼は、承知していたけれど。
だけどルルージュは、結局、最後まであたしのほうなんて見ようとはしなかったのだ。
……そうして、あたしは、パイオニア2でもかなりレアなギルドカードをもらうことができた。
ひょっとしたらこれって、どんなレア武器より、力強いものなのかも知れない。これを見せれば、誰でもすぐに逃げ出すだろう。
……悪評も、ついてくるかもしれないけど。
その考えが、なんだかすごく楽しいものに思えて、あたしはその夜はぐっすり眠れた。
千鳥に聞かれた言葉を思い出す。
楽しかったか? そうね、楽しかったかも……。 |
自分が初めてオンラインプレーをした時の事を思い出してしまいました。誰もが一度は経験した感情を上手く小説に引き出せていると思います。
周りの人にどう声をかけていいのか戸惑ったり、足を引っ張ってしまわないか心配したり…。
一緒にパーティーを組んだ人の「今日は楽しかったね!」という言葉がすごく嬉しかったのも、覚えています。
懐かしいなぁ〜。
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