僕たち二人はこの日、初めてラグオル地表に降り立った。訓練学校を卒業して間もない新米ハンターだ。まだ未熟者であるのは承知の上だが、どうしてもセントラルドームに行かなければならないのだ。
「すごーい!本物の大自然なんてフォトデータでしか見たことないよー。」
そういうと僕の横にいたハニュエールは、嬉しそうに草や土を触りだした。彼女の名前はリコ。僕の幼なじみである。
「本星も大昔はこんなだったのかなー。」
リコに問いかけたが返事がない。いつの間にか木登りを始めていた。
「ラウルも登ってみなよー!楽しいよー!」
ラウルとは僕の名前である。ちなみにヒューマーだ。
「ねぇリコ、そろそろ行こうよ。」
「分かった、今降りる。・・・うあ、きゃあ!」
枝の折れる音と草の擦れ合う音を立てながらリコが顔から落ちてきた。それを見て僕は思わず吹き出した。リコの顔は耳まで真っ赤だ。
「もー!!ほら笑ってないで早く行くよ!」
「あ、ああ行こうか。フフッ、大丈夫?モノメイト使う?」
大声で笑いたいのを堪えながら言った。
「怒るよ!このぐらいで使うわけないで・・・あっ!」
恥ずかしそうに膨れっ面を作っていたリコが、目を大きく見開いて驚いてる。何事だろう。突然のことで笑いも止まってしまった。そして1〜2秒の間が空き、リコが言った。
「モノメイト!持ってくるのわすれちゃった。どうしよう。」
これは僕たちにとって大きなミスだ。初めて地表に降り立つ新米ハンター二人が回復アイテムなしにセントラルドームまで行けるのだろうか。僕は自分のモノメイトの数を確かめた。3つある。って足りるわけがない!
「リコ、一回戻ろうか。」
そういって僕は後ろの転送装置に足を進めた。これが今の最善策だ。しかし1mと進まないうちにリコに呼び止められた。
「待って!ヤダよ、カルカンたちに馬鹿にされるもん!」
そういってリコはパイオニア2帰還を拒否した。リコはこのままセントラルドームに行こうと言うのだ。実はセントラルドームに行くことになったのは、友人たちとの約束のせいなのだ。
〜先日〜
「あたしとラウル、明日地表に降りてみようと思うの。」
リコが自慢げに言うと、眼鏡をかけたガリガリのフォーマーが言った。
「明日ぁー?ちょっとまだ早くないかー?ねぇカルカン?」
それに続いて小太りのレイマーが言った。
「うん、コメリの言うとおりだ。どうせブーマの大群にあっという間に囲まれちまうさ!ハハハハハッ!」
リコが怒鳴りそうなところにショートカットのフォマールが救いの手を出した。
「で、でもリコもラウル君も戦闘訓練は成績良かったし。大丈夫だよ、ね!」
「メリル、ありがとう。」
僕はリコに聞こえないようにそのフォマールに言った。リコが怒り出すととんでもないことになるから、メリルのフォローは男三人にとっては命綱とも言えることがある。しかし、カルカンもコメリも学習していないのだろうか、リコにまだつっかかる。
「リコ、明日のために借金してでもトリメイトやムーンアトマイザーをいっっっぱい持ってった方がいいぞ!ハハハハハハッ!」
「でもリコは強いからもしかしたらブーマ達のリーダーになっちゃうんじゃない?野生化しちゃだめだよ?」
リコがキレた。
「うるさーい!!だったらあんたたちに明日いいもの見せてやろうじゃない!セントラルドームで目撃されたっていうドラゴンの生首を写真にでも撮ってきてやるわよ!あたしがドラゴンを倒してやるんだから!」
僕たち四人はしばらく固まってしまった。リコのとんでもない発言と、まさにドラゴンの様なその形相に全員なにも言えなかった。そしてカルカンがありったけの勇気を振り絞って言った。
「よ、よーし。あ、明日お前たちが、しゅ、出発した後も、転送装置の前でずーっと待ってるからな!本当に出来たら・・・おお、踊ってやるよ、裸で、全員。」
なんで全員?と、メリルとコメリと僕は思った。要するにカルカンもリコと同じで追い詰められたら暴走するタイプなのだ。
「言ったわね?覚えてなさい。ラウル・・・行こ!」
リコと僕はその場を立ち去った。
こういうことになるとリコは頑固だ。たとえメリルの慰めでも引き返さないだろう。僕にはわかるのだ。僕がパイオニア2帰還をあきらめるとリコは先ほどまでの元気を取り戻してセントラルドームへと進みだした。
しかし、案の定僕たちは次々とピンチにみまわれていった。ブーマの大群が現れ、最初は元気良く突っ込んだものの、予想以上の数、疲労、訓練との違いには苦しめられた。早くもモノメイトが二つ無くなり、サベージウルフの群れを倒した後で最後のモノメイトをどうしよう考えていると、
「半分こにしようねー。」
と、リコが甘えて言ってきた。
さらに奥へと進む僕たちの目に突然凄まじい光景が飛び込んできた。30〜40匹の原生生物達の群れ・・・の、残骸だった。そしてその中央に巨大な鎌を肩に乗せ仁王立ちする一人のヒューキャストがいた。僕たちはしばらくその場に立ち尽くしていた。するとヒューキャストが僕たちにやっと気づいた。
「ん?ずいぶん若いハンターだな、新米かぁ?傷だらけだぞぉ、いったん引き返したらどうだ?」
「大きなお世話です!」
リコが反論。リコとしての当然の行為だろう。しかしヒューキャストはリコの反応を楽しむかの様に言葉を続けた。
「おーおー。ずいぶん気の強い嬢ちゃんだ。」
ますます楽しそうに言うので、リコはすっかり機嫌を悪くした。僕とリコは彼の横を通り過ぎようとしたが、彼が大鎌を横に突き出し、行く手を阻んだ。
「まさかセントラルドームに行くつもりかい?」
さっきまでのリコをからかう様な口調が少し無くなったようだった。
「そうです。これ、邪魔なんですけど。」
リコが冷たく言うと、彼は言葉を続けた。
「わざわざ餌になる必要は無いぞ。おとなしく戻れ。」
この言葉がリコの逆鱗に触れたらしい。リコはドラゴン退治を宣言したときのような形相で怒鳴った。
「なんであなたにそんなこと言われなきゃならないの!あたしたちは行きます!」
リコは大鎌をよけて先を歩いた。僕も後を付いていくと、後ろで彼が叫んでいる。
「おい!行くな!聞こえてんのか!・・・ったく。」
僕が彼のほうを振り向くと、頭を抱えてどうしようか考えているようだ。きっと彼は一流のハンターなのだろう。僕たちのことを思って言ってくれたのだ。それを考えるとこの先ますます不安になってきた。でも今のリコを説得するのは神技に等しい。ん、待てよ。彼は一流ハンターで強い。そしてリコを説得するのは無理なのでセン
トラルドームに行くしかない。するとこの手しかない。しかしこれはあまりに危険だ。僕の命が・・・いやこれしか手はないのだ。僕は彼の元へ走り出し、深く頭を下げて言った。
「お願いします。僕たちと一緒にドラゴン退治をしてください。」
リコも彼も僕のことを見て固まってしまった。ぼくはそのまま頭を下げ続けた。彼が返事をするまで上げるつもりはなかった。リコの様子も見たかったが、怖くて見れない。彼はしばらく考えていたが、意外と早く返事をくれた。
「いいぞ。俺もそいつが目的だ。それにあの嬢ちゃんは言ってもきかなそうだしな。」
その通りです。と、口には出せない。しかしこれで作戦成功だ。もしかしたら本当にドラゴン退治が成功するかもしれない。しかしまだやることが残っている。僕はリコのほうに歩き出し、おそるおそる言った。
「こ、このほうがいいよ。僕たちにはなんとしてもドラゴンの生首写真が必要だし。ね。」
「分かったわよ。あたしたちはまだ弱いから仕方ないもん。」
すねてはいたが、リコも意外とあっさり承諾してくれた。こうして三人で再び進みだしたのだ。
セントラルドームは行く途中、彼には今回の事情を話した。付いてきてもらったお礼というわけではないが。そして彼のことも聞いた。名前はシャドー、ハンター歴12年だそうだ。やっぱりベテランだ。彼はリコに尋ねた。
「そういえばお前の名前、レッドリング=リコと一緒だな。」
「ふんだ。どうせレッドリング=リコと違って弱いですよーだ。」
リコはこの名前でからかわれたことがあるので、この話にはひがみっぽい。
三人で行動してからはまったく敵が出てこない。多分シャドーの放つ威圧感で近寄れないのだ。そのせいか、あっさりとセントラルドームに着いてしまった。中に入ると薄暗い室内は非常灯により赤く照らされていた。しかしドラゴンの姿が見えない。
「どこかな。」
「さあ。」
シャドーはさっきまでの陽気な雰囲気がまったくない。一言も喋らず全神経を集中させている。すると突然上空から、地獄の底から聞こえている様な雄たけびが響いた。ドラゴンだ!真上で息を潜めていたのだろうか。突然のことで僕とリコは動けなかった。
「二人とも!しっかりしろ!!」
その声で僕たちは我に帰った。シャドーの手には大鎌ではなくハンドガンが握られていた。続けてシャドーが言った。
「俺が後ろからこいつの注意を引くから、お前ら突っ込んでけ!」
ちょっと信じられなかった。一流ハンターが援護をして新米に突っ込めとは・・・。しかしあまり深く考えず僕とリコはドラゴンに向かっていった。そしてリコはダガーを、僕はセイバーを構え、勢い良く刃を振るった。まるで手ごたえを感じない。それでも攻撃をやめなかった。ふとリコを見るとこっちを見て叫んでいる。しかし後
ろからドラゴンが吼えたので聞こえない・・・後ろから?振り返るとドラゴンが長い首をUの字に曲げて僕を凝視している。次に大きく口をあけて火を吹いた。とっさに右によけたがドラゴンが足で踏み潰そうとしてきた。それも交わしリコのほうに駆け寄った。
「だめ、攻撃が効いてない!」
「いったん離れよう!」
僕たちはドラゴンに背を向けて走った。そして振り返るとドラゴンは翼を大きく広げ、飛ぼうとしている。そのとき、広げた翼が突然爆発した。ドラゴンが苦痛の雄たけびをあげる。さらに暴れる度にからだのいたるところで爆発が起きている。
「大丈夫かー?」
シャドーだ。シャドーがあちこちにトラップを仕掛けていたのだ。ドラゴンは相当弱り果てていて、動きが鈍い。そしてシャドーがドラゴンの体を駆け上がり顔と首の付け根まで来てこう吼えた。
「ドラゴンよ、お前ははしゃぎ過ぎだ。・・・ゲイザー!仇はとったぜー!」
そう言うとシャドーはいつの間にか大鎌に装備し直し、力いっぱい振り下ろした!ドラゴンの首は見事に切り落とされ、続いて体も崩れ落ちた。僕たちはただ口を開けて見つめるだけだった。シャドーの強さには感心の言葉すら出なかった。
「二人ともどうしたー。写真はいいのかー。」
「あっそうだ。写真。」
リコが思い出したように言って、僕の手を引いた。
「よし、俺が撮ってやろう。・・・ハイ、ピース。」
僕たちは生首を挟んで並びピースをしたが、顔はまだ呆気にとられていた。
「よし、じゃあ帰るか。」
シャドーの一言に素直に従い、転送装置に入った。パイオニア2に戻るとカルカンたちがいない。僕たちが見回しているとシャドーが言った。
「俺はもう行くぞ。お前らと一緒で楽しかった。」
「僕たちも助かりました。どうもありがとうございました。」
リコも照れくさそうに言った。
「へへっ、ありがとうございました。」
シャドーも嬉しそうな口調になり、
「お前の負けん気の強いところはレッドリング=リコにそっくりだよ。じゃあな。」
そういってシャドーは去っていった。カルカンたちはシティの喫茶店にいた。
「ほら!どうよこの写真!ちゃんとした生首よ。ほら!」
リコは相当興奮しているが、写真をカルカンの顔に近づけすぎて見えない。シャドーのことはリコに口止めされた。ドラゴンを倒したのがシャドーだとバレるからだ。ちょっとズルいかも知れないがこれぐらいは許してもらおう。そのときメリルの一言が僕とリコを凍りつかせた。
「ねぇ、二人とも写真に写ってるけど、誰が撮ったの?」
・・・バレたのだ。
END |